喜寿を迎え、改めて義務教育の大切さを問う

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私は今年で喜寿を迎える一老人です。
私は戦前生まれということもあり、子供の頃はとても苦労して生活をしていたものです。本当に今時の子供や若者というのは何の苦労もなく学校に行ったり生活をしたり買い物をしたり出来るので、恵まれているものだと感じます。

私は学校こそ行っていたものの、戦後間もない頃の教育は、まだまだ未熟な点が沢山あったものでしたので、常にある種の不満足感のようなものを感じていました。もちろん不満足感を感じながらも当時は自分で通いたい学校を選べる余地は当然ありませんでしたし、選べたとしても当時はどこの学校も同じような教育内容しか提供していなかった為、結局はそれ程意味がなかったものだと思われます。なので私も学びたいという気持ちはあったのですが、学校を卒業してからはとりあえず周りの人間と同じように、就職して少しでも家計を支える道を選びました。

私は小学校と中学校しか行くことが出来ませんでしたので、中卒の学歴ということになります。今の時代は高卒や大卒や大学院卒が当たり前なので、中卒ではろくな会社に就職出来ないことも多いでしょう。しかし私の時代は違ったのです。

私の周りの人間にも中卒の者は多くおり、その誰もが普通に就職することが出来ていました。もちろん肉体労働系の仕事が多かったのですが、問題なくこなしていくことが出来ました。そしてその時代に就職した人間というのは基本的には定年までは勤め上げることが出来るので、私も例にもれずに定年までばっちり勤め上げることが出来ました。そして無事に退職金も貰って退職することが出来ました。もちろん多くの貯金もすることが出来、基本的には老後の生活に困るという状況にはなっていません。

しかし会社を定年退職してからは、とにかく暇な毎日を過ごしていました。毎日毎日趣味の釣りや囲碁等に明け暮れる日々でした。そしてそんな私も今年で喜寿を祝われる年となり、改めて昔満足に教育を受けることが出来なかったことを思い出し、可能であれば生涯学習という形でもいいから、また再び学校に通いたいなと思うようになったものです。そしてついにある日私は、とある定時制の学校の生徒となって若者と一緒に机を並べて学ぶことと相成ったのです。

最初私の妻や子供等の家族達は私がこの年になって学校に通うということを聞いて非常に驚いていました。しかし自分が長年働いてきて得たお金を老後に何に使おうが自由だと家族は皆理解してくれたので、こうして無事に学校に通うことが出来るようになったというわけです。定時制の学校は比較的年配の生徒も多く、私のような喜寿を迎えた老人がいても、基本的には浮いてしまうことはありませんでした。そして若者と机を並べて学習をすることで、私自身も若返るような気持ちになってきます。

定時制の学校に通う若者達も、様々な事情があるのでわざわざ定時制の学校に通うという選択をしているのでしょうが、とにかく皆想像以上に真剣に学んでいるので非常に驚かされます。そしてそのような若者達の姿を見るにつけ、本当の教育とはいつの時代でも誰かから強制されて受けるものではなく、自らの意思で受けるからこそ、真に満足することが出来るのだなと思うことが出来ました。しかし義務教育の場合は親や国家から強制されて仕方なく受けているという生徒が多いものですが、その義務教育をまずはしっかりと受けることで、その後自分の意思で好きな高校や大学等に進学できるので、やはり義務教育は非常に大切なものだと言うことが出来ます。義務教育をないがしろにして、高等学校以上の教育を満足して受けることは出来ないのです。なので義務教育期間中は辛くても我慢をし、頑張って勉強していくことが大切なのです。

還暦・古希・喜寿、長寿祝いの方限定キャンペーンの通信教育

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還暦・古希・喜寿など、長寿のお祝いを迎えられたことをきっかけに、「何か新しいことを始めたい」「以前に少し手をつけていたけれど中途半端になっていたことを、改めて学び直したい」…そんな風にお考えの方、いらっしゃるのではないでしょうか。特に、60歳でお勤めになっていたお仕事をリタイアされた方は、退職後の第二の人生をどのように拓いていくか考えた時に、「何か新しいことを学ぼう」とお考えになる事が多いようです。そのような、還暦から始める学びに大勢の方が意欲をお持ちになっているこの時代に、通信教育が注目を集めています。

通信教育の良いところは、「いつでも、どこでも、自分の都合に合わせて勉強を進められる事」です。もし、勉強するのに学校に通うとなると、どうしても、自分の好きな時に、と言うわけにはいきません。受けたい講座が開講される日時に、自分から学校まで出掛けて行く必要があります。学校が自宅から遠い場合も多々あると思いますし、お天気が悪い日などは、通うのに気持ちが折れてしまいそうになりますよね。

また、もし授業のある日に予定が入ってしまったり、体調を崩したりしてお休みしてしまうと、その分の授業を受ける事が出来ません。自己都合での休みの場合、基本的に受講料がその分返金される事はないでしょうし、柔軟な対応をしてもらえる事は少ないと思われます。

しかし、通信講座なら、自分の好きな時間に、家でもカフェでも出先でも、教材があれば勉強を進める事が出来るのです。集中出来る時間帯やタイミングは、個人差があるものです。「早起きして朝活」とか、「朝と夕方の2回に分けて」「深夜の静かな時間帯に」といった風に、勉強時間を自分の生活パターンに合わせられるのは、嬉しいですね。

また、時間が無い時には、学習内容を細切れにしたり、自分のやりやすい順番で取り組む、といった、ボリュームも学びの流れも自分のやりやすいように調節できるのも、通信教育ならではの利点であるといえます。それに、かかる費用も、一般的には、学校に通うよりも、通信教育の方が低く抑えられるという傾向があります。学校に通っていると「先生に直接聞ける」という利点がありますが、現在は、インターネットの普及により、インターネットの上で関連するVTRを視聴したり、情報をを得る事ができるという恵まれた環境が整っています。

還暦を過ぎた方でも、パソコン・タブレット・スマートフォンの所持率は高い現在ですから、以前よりも通信教育で学ぶ事の敷居が低くなっているのではないでしょうか。「通信教育」というと、働いていて学校に通う時間がない人のもの、と思われる方もいらっしゃると思いますが、リタイアなさっている方も、日々色々な用事がおありだと思います。むしろ、リタイアしたからこそ、自由に時間を使いたいですよね。スケジュールを自分で設定することができる、自由な勉強のかたちである通信教育。日々の生活に上手に採り入れられたら、もっと毎日が豊かなものになるのではないでしょうか。

今なら、還暦・古希・喜寿など、キリの良い長寿のお祝いの方限定に、特別レッスンと教育プログラムが用意されています。講座科目に少しでも気になるものがあれば、この機会に一度、試しに受講を始めてみてはいかがでしょうか。やってみなければわからない事があると思います。「私はコツコツやるのは苦手」と通信講座を敬遠していた方でも、始めてみたら意外と楽しくなってくる、そんな嬉しい誤算があるかもしれません。

せっかくこのタイミングで長寿のお祝いを迎えているのですから、自分へのプレゼントとして、試しに受講してみてもいいかもしれませんね。

戦後の教育

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日本の学校教育とアメリカとの関係については、戦後までさかのぼって紐解いてみましょう。

今現在まで続いている日本の教育制度は、アメリカ連合国総司令部GHQが作り上げたものであり、そこに日本国民の洗脳の仕掛けがあるといわれています。

勝利国であるアメリカの自由民主主儀の押し付けは、アメリカの都合もあったようですが日本側に全面悪の図式で戦争の正当性&原爆投下の言い訳を嘘で塗り固め、戦前の日本の学校教育や価値観、政治家や軍部の存在を否定した方針を徹底していきました。さらに軍財閥閥の結託の再現を封じた政策を取ったのです。

例えば、戦後しばらくは「忠臣蔵」の上映や芝居はGHQにより禁止されたそうです。それは先の戦争に重なるテーマであり、忠臣蔵のストーリーからが喧嘩両成敗がテーマの為、日米戦争を思い返させないよう手を打ったと言われています。

第二次世界大戦における全面的な敗北は、日本にとって明治以降の近代国家として蓄積された基盤を失いました。民主主義の概念を戦後の教育からアメリカからの輸入における教育政策としての基礎を築き、「祖国への誇りや愛国心」から遠ざけられた都合の良い教育にすり替わっていったのだと思います。重要なことは私たち日本人がそれに気付かずにそれを受け入れ、自虐史観によって単純に戦争から救われたという思想に変えられていったことにあります。それを民主主義思想の根底とされ、アメリカによる世論支配と戦後教育により、「本物の教育」を目指していたつもりが実は都合の良いように意図されたものであったのです。

終戦翌年の春には、アメリカから教育使節団が来て、日本の学校教育を2週間ほど見学し、日本の生徒には「日本語は難しすぎる」ので「日本語をローマ字にせよ」と迫ったそうです。日本占領の独裁者マッカーサーは「日本人は12歳だ」と公の場で明言もしていますこの言葉に「マインド・コントロール」が容易いとの真意が伺えます。

民主主義者を装う利己主義者たちのための闇の支配については、ベンジャミン・フルフォード氏の著書『暴かれた「闇の支配者」の正体』(扶桑社)に書かれてあります。氏によると、なぜ日本人はアメリカから離れて独自の道を歩むことができないのか。その大きな原因について「教育」としています。アメリカが戦後に作った教育基本法をはじめとする教育プログラムの押しつけにより、日本人は気付かずにそれを当たり前のもののように受け止めているが、著者のような外国人から見れば「洗脳プログラム」以外の何物にも感じないとはっきり書かれています。いや、外国人だからこそ、日本人には見えてこないアメリカの真の思惑がハッキリと見えるのだと。

アメリカの教育プログラムは戦後一貫した意図を持っており、日本をアメリカの隷属として扱おうとしています。かつて日本の教育改革を担当したGHQの役人たちは、こう豪語したそうです。「日本の教育を変えて、今後は天才が出ないようにする」と。GHQは、戦後の教育プログラムとして、日本人に白人に対する劣等感を徹底的な植え付け、戦争から救ったアメリカは実は素晴らしい国だと信じ込ませ、自分独自の意見を持たせないように同調意識でしかいられないようにし、討論や議論を学ばせず、常に受身の心でいながら一生懸命勤勉に仕事だけさせようと、彼らはこのような教育プログラムを押しつけてきました。

実は、このプログラムはイギリスの植民地であったインドで既に実践された教育であり、そのまま日本にスライドさせたものなのです。簡潔に、上からの命令に疑問を持たず、ただ与えられた課題だけをまじめに考えずにこなす「しもべ」を作る教育だったのです。今日TPPや同盟協定が日米間で取り決められようとしてる中でも、アメリカ側のあきらかな内政干渉にすら疑問を感じないのは、この教育の成果なのかもしれません。

戦前の教育思想である「集団第一」「国家第一」からは変化し、思想としては集団主義から個人主義へと変化もしていったのだと思っています。確かに同調、協調こそが日本人とも揶揄されてきた中にも個人主義は誕生しつつあるのだと思います。結果生まれた「ゆとり教育」や見てくれだけの「個」だとしても、未だ植民地と言われても仕方のない部分があったとしても、今のままの表面上の独立ではなく、真の教育を取り戻し、本当の意味で独立をするときなのだと、私は思います。

戦後教育のマインドコントロールからの脱却

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安倍晋三首相が衆院予算委員会で、教育改革に関して「今の教育基本法は第二次大戦後の占領時代につくられたが、衆参両院で自民党単独で過半数をとっていた時代も手を触れなかった。そうしたマインドコントロールから抜け出す必要がある」と意欲を示しました。

首相は第一次安倍内閣で掲げていた「戦後レジーム(体制)からの脱却」とのうたい文句について 「あえて使っていないが、捨てたわけではなく、変わらない」と強調し、「憲法や教育制度を私たちの手で変えていくことこそが、戦後体制からの脱却になる」と力説しています。憲法については「(戦後の)占領時代につくられ、時代に合わない仕組みもある。不磨の大典ではない」と述べ、政府・自民党は今国会で、自治体の教育委員会のあり方を見直す関連法改正を目指している。と報道されました。

今の現代教育において、碁会所でよく話す喜寿仲間から「安倍さん、よく言ってくれた」との声が多く上がりました。なぜなら、今の学校教育では、まず近代史を教えない、戦争史、政治史も教えない。出来事だけは教えるが、どのような意図と経緯意でそうなり、民衆がどのような反応したかも教えない。多くの日本人は第一次大戦で連合国として参戦したのも国際連盟で常任理事国だったことも知らないという。首相の力強い言葉に、戦後の自虐教育がなくなると、更に上の世代の方々も喜ばれていました。

今の日本人には、シベリア出兵、山東出兵、満州事変、226事件、支那事変が何故起きたのか、説明できる人はほとんどいないのではないでしょうか。左巻きからは「軍国回帰主義者だ」と罵られるなか、ようやく「日本を取り戻す」第一歩が踏み出されたのだと思います。

戦後アメリカは右翼的思考を持った者を矯正し、反国家主義思想を蔓延させ、再び日本が力を持って立ち上がらないよう管理しやすいようにしたのは前述のとおり事実なわけであり、私の孫世代からも歴史において一番重要な近代史を適当にやっているのは学生時分の彼らからもらおかしいと思っているそうです。

そもそも歴史教育において、中学1年生で学ぶ授業が縄文時代の土器から始まる時点で異常であり、現代の史観から逆算し、三年間を明治維新頃までできちっと教育することこそが、失敗から学ぶ教育としても正しいものと思う。土器だの古墳だの原人だのと暗記だけで学ぶ授業には尊い時間の無駄でしか感じられません。近代史を失敗からて学び、成功へと自然に導ける事こそが、本当の教育と平和の始まりなのだと思います。

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